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最高裁判所第二小法廷 昭和29年(あ)2390号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人白川彪夫、同吾野金一郎の上告趣意は末尾添付の書面記載のとおりである。

職権により調査するに、原審公判においては弁護人より、本件放火方法では独立燃焼は不可能であるとの主張に基づき、鑑定を含む数多の証拠調請求がなされたのであるが、原審はこれを却下して弁論を終結した。そして原判決は「弁護人の控訴趣意第二点及び被告人の控訴趣意(審理不尽、事実誤認)について」と題し、「原判決(一審判決)のような放火の手段方法で果して独立燃焼が合理的に認められるか」という項において、「所論は、被告人の自白するような方法即ち原判示のような放火の手段方法では独立燃焼が合理的に認められないと主張する。しかし原審(一審)における受命裁判官の検証調書の記載(実験の結果)によれば、原判示のような放火の手段方法によっても独立燃焼を生ずることは合理的に考えてその可能性は十分認められるのであって、所論のように不可能であるということはできない。ただ右実験の結果は時間関係の点において原判示と多少不符合と思われる点がないでもないけれども、しかしそもそも燃焼及び発火に関する現象は所論も指摘するように、その時における温度、湿度、風力等の影響を受けることが大であって、右の条件の異るに従い多少の変化のあるべきことはむしろ当然であるというべく、従って右の時間の点のみを以て本件犯行を否定する根拠とは為し難いものといわねばならない。なお被告人が本件において使用したとされた蝋燭は長さ約九糎直径約〇、八糎のもの(証第一六号の二一本と同様のもの)であることは原判決の判示するとおりである。」と判示しているのである。

しかして、一審判決の認定するところによれば、被告人は「昭和二七年一月一一日午後四時頃より同三十分頃までの間に、右工場中二階の物置において、同室に積重ねてあった深さ約五糎、縦約九〇糎、横約六〇糎の杉板で作った澱粉乾燥箱(証第十五号の同箱三個と同様のもの、以下同じ)二個を西側入口附近床板の上に重ねて敷き、その上に他の澱粉乾燥箱二個宛を重ねたものを両側から上部を合せて屋根型に立てかけた上、予め用意して来た長さ約九糎、直径約〇、八糎の蝋燭(証第十六号の蝋燭二一本と同様のもの、以下同じ)一本を取出して所携の燐寸で点火して前記下敷の乾燥箱の上に直立させ、他の一本の蝋燭の下端を右蝋燭の焔で熱して熔かしてその上に継足し、このようにして次々に一本宛合計五本の蝋燭を一本に継合せ、右一本になった蝋燭が燃え尽きると下敷の乾燥箱から床板に燃え移るような装置にした上、右蝋燭に点火したため、右蝋燭から乾燥箱に燃え移った火は同日午後九時前後に至り右物置の床板に燃え拡がり、因て現に人の住居に使用する……を全焼せしめて焼燬したものである。」というのであり、原判決摘示の一審における受命裁判官の検証調書の記載によれば、昭和二七年一一月二六日午前一一時三六分前記一審判決認定の点火方法を実験したところ、室内温度摂氏一七度、蝋燭に点火してから全部燃え尽すまで全くの無風状態で焔の動揺は認められず、所要時間三時間三二分、室内温度摂氏一九度で蝋燭五本が燃焼し尽したが、澱粉乾燥箱板面上に完全にその形態を失った後も熔解した蝋が澱粉乾燥箱の松板に浸透した部分は尚燃え続け、七分燃えたのち完全に消火した。そして長さ約五、五糎、幅約二、五糎の長円形に澱粉乾燥箱を燻焼したのであるが、その炭化部分の深度はその中心部に於て〇、一糎程度であった。その他に異常はなかった。もっとも、長さ一一糎、直径九耗の蝋燭を用いた場合は、その焔の頂が暫く澱粉乾燥箱の屋根の裏面に達し白煙を生じ、最大径六糎、最小径四糎、深度二耗程度が炭化したのが認められた。又媒介物として調書用紙一枚を右蝋燭の底部に置いたところ、蝋燭が燃焼しその形態を失ってから、その焔は、該用紙に移り勢よく炎上すると共にその下部の松板の蝋の熔解浸透した部分に移り、焔を出して数分間燃え続けた、というのである。

してみると、右検証の結果によれば、原審の是認する一審認定の方法によるときは勿論、前記長さ一一糎の蝋燭を用いた場合及び媒介物を用いた場合においても、結局独立燃焼の結果を生じなかったことは明らかである。しかるに原判決は、前記のようにこれをとって、一審判示のような放火の手段方法によっても独立燃焼を生ずることは合理的に考えてその可能性は十分認められるとするのであるが、その合理的とする所以は必ずしも明らかでない。原判決は引続き前記時間関係の点について燃焼及び発火に関する現象が、その時における温度、湿度、風力等の影響を受けることが大であって、右の条件の異るに従い多少の変化のあるべきことはむしろ当然であるとしているのであるが、そのようなことは具体的に如何なる温度、湿度、その他の条件が加わったならば、右検証の結果にかかわらず独立燃焼が可能であるか、又その条件は本件において可能であったかどうかということが証拠によって確定されてはじめていい得ることであって、この点について、何ら証拠に基づいた説明を加えないで、ただちに、原判示のように抽象的に条件の如何によっては独立燃焼の可能性を肯定することは、独断のそしりを免かれず原判決はこの点において審理不尽に基く理由不備の違法あるものというべきであり、しかも右違法は本件犯罪の成否に影響するところであるから、爾余の判断をまつまでもなく、刑訴四一一条一号により原判決は破棄を免かれない。

よって同法四一三条本文に則り主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大介 裁判官 奥野健一)

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